アッパー・ランナーズ〜Eternal Beginning〜
左手で軽く一押しされただけなのに、体は彫像になったかのように指一本言うことを聞かず、大地が物体を引く力そのままに、ぼくの体は本日二度目の空に投げ出されていた。

空。

地上のはるか上方に広がる空間の全。

いつの間に時間が経っていたのか、先程までさんさんと幅をきかせていた太陽はなりを潜め、霞がかった白銀の巨大な月が視界の全てを支配した。

なまじ仰向けに突き飛ばされただけに、死への恐怖心よりも、まるで全能の神が愛玩する為に創造したかのように超然とした薄円に一瞬で心奪われた。


―――嗚呼、これがぼくが見る最後の景色か。


悪くないと思った。

頻繁に吹き荒れる黄砂を含んだ砂嵐で白から黄色に染まる度に、貴族連中が這う者に塗り重ねさせる白亜の家並み。

歪んだ権力誇示の象徴を眺めながら死ななくて良かった。あるいは、その墓石のような貴族達の住まいにこれからこの身で一石を投じてやれるならとも思う。

奴ら、物理的にも世間体的にもさぞかし困る事になるだろうな。

そこまで自らの死後を皮肉りながら考えてから、ふと視界の隅に映る異変に気づいた。

「いやあぁぁぁぁ!死ぬ!死んじゃうぅぅ!」

「なん!?」

あの露出度高めのおでこ女が―――

「何であんたも落ちてるんだよ!」

「やあぁぁぁ!」

泣き叫びながら、上を向いたまま落ちるぼくのすぐ後を一緒になって落ちてくる。

見れば僕が首から下げていたあの、翼を模したネックレスのレザーチェーンが、彼女の腕に纏わりついている。

僕を突き飛ばした拍子に絡まってしまったのか。

しかし彼女に対する思考もそこまで。もはや死亡時刻(タイムリミット)は目と鼻の先まで迫っていた。

だが、おかげでどこか恍惚としたトランス状態から我に帰ったぼくの体の内には再び生きたいと願う思い、現実的な生存本能が今まさに爆発せんとしていた。

光が見えた―――。

これまた二度目、僕は惹きつけられるようにその光目掛け、千切れんばかりに思い切り右手を伸ばす。

今度は―――掴んだ!
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