空谷の跫音
「ちょ!秋鷹長官!今は診察中―――」

「歯ぁ食いしばれっ!」

保健医が止めるも虚しく、開口一番、強烈な平手打ちが頬を直撃した。

あまりの衝撃に、診察台に顔面から突っ伏す羽目になった。

塞がりかけた唇がまた切れたようだ。

頬を押さえつつ状態を起こすと、一瞬だけ戸惑ったような表情になったが、すぐにまた獲物を睨み付けるような目つきに戻った。

「自分のしたことがわかってんのか!お前はもう竜騎士、その命はお前だけのものじゃねぇんだぞ!自覚してねぇだろっ!」

「秋ちゃん……」


早口でまくし立てる長官は、昔のお隣さん。

怒りっぽい性格と怒鳴るような野太い声は相変わらずだけど、自分の正義は曲げたことのない立派な人。


気付けばさっきまで治療と診察に当たっていた保健医は、パッと姿を消していた。

「あの後、お前がこんなことになった原因を知った紅竜(あいつ)が何をしたか知ってるか!?危うく空軍士官3人が殺されるところだったんだぞ!」

同軍殺しは重罪だ。そんなことになったら、紅竜は間違いなく処刑される。

そして私はここにいられなくなる。

長官は遠回しにそう言いたいのだろう。

昔から私を心配してくれる隠れた優しさは、相変わらず変わっていない。
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