ドリームビリーヴァー
沙希の会話はいつもこんな感じだ。自分の言い分だけを、思ったまま、はき出す。例えこっちがどんなことを言ったって無駄なんだ。何の効果もない。むしろ、それを糧にしたかのように、大きくなって戻ってくる。沙希はそういう誇大妄想がひどい女の子だった。もしかしたら、この時にはもう例の能力に目覚めていたかもしれない。

「こしょうはどっちかっていうと、大豆とのほうが近い」僕はまじめに答えた。

「なんで?」こっちも本気で訊いてくる。

「こしょうってあれ、果実だから。で、大豆は種子。けど、塩と砂糖は塩化ナトリウムとショ糖の結晶だから。ここまでいえばわかるよな?」

「じゃあさ、味の素は?」さっきみたいな、ひどく輝いた瞳。パッチリ二重の沙希の瞳。右の瞼にあるホクロが見え隠れしている。

僕は頭の中で化学式を思い浮かべる。本当はそんなことしなくても答えは出ていたのだけど、沙希を焦らしてみたい悪戯心を沙希の瞳がくすぐってしまったから、これは仕方がない。

「グルタミン酸ナトリウムが主成分だった気がする」

「ほら、ナトリウム繋がりじゃん」

「繋がってない」

「同じじゃんか」

「苛性ソーダだってナトリウムだ」

「なに?苛性ソーダって」

「水酸化ナトリウム」

「もう。ナトリウムばっかり」

僕はため息をついた。自分が言い出したことなのに、平気でこんなことをいえる神経がどうなっているのか、一度でいいから解剖してみたい。きっと僕らみたいな凡人にはない太い神経が、足のつま先から頭のてっぺんまでまっすぐ通っているに違いない。

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