only one
震える心を悟られないように平静を装う。
温室の扉のノブに手を掛けたまま竜一が後ろについている俺を振り返った。
「やっぱお前は屋敷に戻れ。
仲村が使っていた部屋を使うといい。」
いくら馬鹿でも俺をすぐに信用するほどの馬鹿ではないらしい竜一の言葉に俺は素直に従った。
常に人の知恵を借りなければならない馬鹿竜一。
恐らく人に裏切られたこともあるだろう。
自分で自分の行動の先を考える俺や彰人とは正反対にそばで誰かに支えてもらわなければ今回のような大それた事が出来るような奴ではない。
今、竜一に知恵を貸し、この事態を招いた奴の片腕と呼ばれる男に近づくチャンスかもしれない
「遥夢お嬢様は大事な切り札だ。
まだ手を出すなよ!」
竜一の背中に向かって話しかける俺に、
「手は出さねぇ…。
が、婚姻届にサインをさせないといけないんだ。」
旦那様の死によって遥夢が継ぐことになった莫大な財産。
それを結婚という形で手に入れようという算段か…。
「なら、その手続きが全て終わるまでお嬢様に死なれちゃ困るだろ?
つぅか遅ぇよ…。
さっさと書かせて提出してこい。」