only one


ふらりと家を出て、たどり着いたのは大きな木の下。


何もない森の中。


目的の木に背をつけ、俺は座り込んだ。


この木に触れると心が暖かくなる。


誰にも話していない俺だけの安らぎの場所なんだ。


眠れない夜はこの木の下で夜が明けるのを空を見ながら過ごすんだ。


何かに追われるような夢も、何かを焦る気持ちも、ここに来れば癒されるんだ。


昼間たっぷり寝た俺は今夜は眠れそうにない。


そんな日は決まって嫌な夢を見る。


眠れない夜をベッドで過ごすのは辛いんだ。


空を見上げる俺の耳に届く声。


『マツ…。』


優しい声が頭の中で重なった。


「マツさん?」




声の方向に視線を向けると、俺のそばまで歩いてくる遥夢の姿が目に映った。


「遥夢?」


「はい。」


俺を確認して走り寄ってくる遥夢。


息をきらせて、俺の隣に腰を下ろした。


「マツさん、どうして?」


「それはこっちのセリフだろ?
夜中に女が一人で出歩くなんてどういうつもりだ?」


ついつい荒くなる口調に遥夢は肩を落とした。


「眠れなくて…。」


「ディアスは?」


「ディアスさんは眠ってます。」


「そうじゃないだろ!
ディアスを叩き起こせっつってんだろうが!」


何かあったらどうするんだ?


お前に何かあったら俺は…


「ごめんなさい。
でも眠ってるディアスさんを起こすなんて出来ません。」


「だったら今度からは俺を起こせ!」


「そんな…出来ません!」


「いいから起こせ!」


「でも…」


「わかったな!」



驚いたようにコクリと頷く遥夢。


だけど俯いたまま抱えた膝に顔を埋めてしまった。






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