白き旋律
1.8番練習室
始業式の後、悠夜は桜がよく見える原っぱに寝そべっていた。そんな悠夜の耳に聞き慣れた音が流れ込んでくる。特別棟から風に乗って音が流れてきた。始業式が終わり、午後からは早速授業が始まる。そんな日の正午だった。
音は止まらずに、ただ風のように流れていく。それが心地よくて、足が自然と音の流れてくる方向に向いたのは、この時は気まぐれだと思っていた。後にそれはただの気まぐれにしては出来すぎていたことに気付くのだが。
こんな時間に音がするなんてあり得ない。しかも今日は始業式だ。目ぼしいコンクールもないのに、昼休みを削って練習するなんて考えられない。…もしかして、特別棟に新しい学生でも入ったのか…?なんて、ぼんやりと考えながら、音がするほうへ歩みを進めた。
特別棟。ここにはピアノ付きの個室が20部屋ほどある。国内、国外のコンクールで優秀な成績を修めたり、大きな大会などの強化練習に必要な場合だったりするときにのみ、個室が与えられる。…が、一般の生徒がちょっと賞を取ったくらいで与えられることは滅多にない。というか100パーセントない。あり得ない。基本的には授業で使ったり、先生が練習したり、許可を得て生徒が利用したりしている場所だ。
(俺の場合、実力的にも個室とか無理だけど。)
悠夜は頭の中で独りごちた。そしてその音に導かれるままに、特別棟の扉をそっと開けた。
2年になって足を踏み入れるのは初めてだった。元々熱心な方ではない。自主練も数えるほどしかしていないし、そもそも今の自分には大きな目標がない。
音が響くのは特別棟2階の8番練習室だった。そこまで良い耳を持っているわけではないが、音源くらいはさすがにわかる。音源は確実にここだった。
昼休みに、わざわざ許可とって弾きに来てるのか…?しかも始業式後に?と、次々に疑問が浮かび上がる。そもそもこの演奏者は、わざわざこんな時間を削ってまで練習しなくてはならないのかと思う程度には上手い。知らない曲だが、ミスに聞こえる音はひとつもない。
(でも…なんだ…?初めて聴く曲なのに…切ない…。タッチが弱いわけではない。なのに心細さを感じる…。)
ふと、頬を流れる水に気付く。右手で触れてもそれは確かに存在し、ゆっくりとそれが涙であることを自覚した。
「誰?」
「え?」
(やべっ…声出しちまった。今のため息で気付かれたのか…?)
「誰かいるの?玲?」
泣いたままで顔を合わせるのはさすがに気まずい。そう思って何も答えられないでいると、とがった声と共に、ドアが強引に開いた。
「誰って聞いてるんだから素直に答えてよ。」
丸い真っすぐな目。光を浴びて彼女の髪の先が茶色く光る。
「あなた…誰?」
悠夜の目に飛び込んできたのは怪訝そうな顔で俺を見つめる、見た目が中1くらいの女の子だった。色白で華奢なせいか、あんなタッチで弾ける人にはとても見えない。
音は止まらずに、ただ風のように流れていく。それが心地よくて、足が自然と音の流れてくる方向に向いたのは、この時は気まぐれだと思っていた。後にそれはただの気まぐれにしては出来すぎていたことに気付くのだが。
こんな時間に音がするなんてあり得ない。しかも今日は始業式だ。目ぼしいコンクールもないのに、昼休みを削って練習するなんて考えられない。…もしかして、特別棟に新しい学生でも入ったのか…?なんて、ぼんやりと考えながら、音がするほうへ歩みを進めた。
特別棟。ここにはピアノ付きの個室が20部屋ほどある。国内、国外のコンクールで優秀な成績を修めたり、大きな大会などの強化練習に必要な場合だったりするときにのみ、個室が与えられる。…が、一般の生徒がちょっと賞を取ったくらいで与えられることは滅多にない。というか100パーセントない。あり得ない。基本的には授業で使ったり、先生が練習したり、許可を得て生徒が利用したりしている場所だ。
(俺の場合、実力的にも個室とか無理だけど。)
悠夜は頭の中で独りごちた。そしてその音に導かれるままに、特別棟の扉をそっと開けた。
2年になって足を踏み入れるのは初めてだった。元々熱心な方ではない。自主練も数えるほどしかしていないし、そもそも今の自分には大きな目標がない。
音が響くのは特別棟2階の8番練習室だった。そこまで良い耳を持っているわけではないが、音源くらいはさすがにわかる。音源は確実にここだった。
昼休みに、わざわざ許可とって弾きに来てるのか…?しかも始業式後に?と、次々に疑問が浮かび上がる。そもそもこの演奏者は、わざわざこんな時間を削ってまで練習しなくてはならないのかと思う程度には上手い。知らない曲だが、ミスに聞こえる音はひとつもない。
(でも…なんだ…?初めて聴く曲なのに…切ない…。タッチが弱いわけではない。なのに心細さを感じる…。)
ふと、頬を流れる水に気付く。右手で触れてもそれは確かに存在し、ゆっくりとそれが涙であることを自覚した。
「誰?」
「え?」
(やべっ…声出しちまった。今のため息で気付かれたのか…?)
「誰かいるの?玲?」
泣いたままで顔を合わせるのはさすがに気まずい。そう思って何も答えられないでいると、とがった声と共に、ドアが強引に開いた。
「誰って聞いてるんだから素直に答えてよ。」
丸い真っすぐな目。光を浴びて彼女の髪の先が茶色く光る。
「あなた…誰?」
悠夜の目に飛び込んできたのは怪訝そうな顔で俺を見つめる、見た目が中1くらいの女の子だった。色白で華奢なせいか、あんなタッチで弾ける人にはとても見えない。