白き旋律
* * *

 翌朝、まだ半分くらい眠りかけている体を無理矢理起こして、学校へ向かった。そして遅刻ギリギリに席に着く。

「悠夜、今日一時間目が松下先生らしいわ。」
「あぁ…昨日の?」
「そうそう。」
「何をやるんだろ…?」
「初回だからあっさり終わるんじゃないかしら?」
「それもそうか。」

 授業の感想を美咲と翔吾に訊かれるのはほぼ間違いないだろう。特に翔吾のやつはうるさそうだな、とそんなことをぼんやりと考えていた。
 一時間目の始まりを告げるチャイムが悠夜の思考を現実に引き戻した。
 ガチャっと扉の開く音と同時に足を踏み入れたのは、明るめの茶色のふわっとした髪を靡かせた女性だった。

「はじめまして。松下玲です。今年からこの星音学園で皆さんと勉強することになりました。どうぞよろしく。」

 にっこりと笑顔を浮かべる彼女。確かに美人で、美咲が騒いでたのも分かる。

「今日は最初なので、音楽鑑賞にしましょう。何かリクエストありませんか?…って言ったって…最初だし、気まずいわよね…。じゃあ、柏木悠夜くん、リクエストを。」
「え?あのでも、なんで名前…?」
「生徒ですもの。さぁ、何か好きな曲はある?」
「えーっと…。」

 自分の脳内のクラシック音楽を探るものの、妥当な選曲なんて出来そうにない。脳内の曲数が少ない。何も浮かばない。慌てた脳に唯一浮かんだのはあの曲だった。

「ショパンの別れの曲で。」

 悠夜がそう言うと、彼女はいたずらっぽく笑って、

「そうだと思ったわ。」

 と言った。なぜそうだと思ったのかはわからない。自分と松下玲が会うのはこれが初めてなのに。
 彼女とのたった少しの会話だけで、頭は疑問まみれになっていた。だが、そんな悠夜をよそに、彼女はピアノに向かった。一呼吸置いて、鍵盤に指を下ろす。
 音楽鑑賞というくらいだから、普通にクラシックのCDでも流すのかと思っていた。しかし彼女は楽譜も見ずに弾き始めた。紀紗に負けず劣らず上手い。
 紀紗と決定的に違っているのはやはり、『雰囲気』だ。紀紗がどんな曲を弾いても何か、言葉には私にくい余韻が残る。大抵は胸が苦しくなるような『切なさ』。

「…上手い…。」
「本当に。プロのピアニストなんじゃないかしら?」

 隣に座る理子は真剣に松下玲の奏でる旋律に耳を傾けていた。
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