無い物ねだり
「片平さん、漆原に何か言わなかったか?アイツ、部類の負けず嫌いなんだ。売られたケンカは必ず買う。無視するなんてあり得ない。裏を返せば、何もしなければ、何もしてこない。つまり今、それをやろうとしているって事は、前に何かをしたって事だろ?」
「…ずいぶん、あの女の事について詳しいのね。毎日よーく観察していなければ、そんな風に出来ないわよ」
「観察なんて、してねぇよ…」
新山は激しく視線を泳がせた。明らかに動揺している。
 しかし、私もまた動揺していた。親友以外でそこまで理解してくれている人が、それも異性でいるなんて思ってもいなかった。
(イジめている張本人がターゲットを深く理解するって、おかしくない?…だって私を見ているだけでムカツクんでしょ?それに、好きな彼女が何か言ったら、普通は『バスケット、マジで下品だよな』とか肩持つよね。私の肩を持つのは変だよ。本当に、変…)
すると、片平が私をギロリとニラんだ。彼女の目は嫉妬の色に濃く染まっていた。毎朝、新山と別れた後、扉の影に隠れて密かに私へ浴びせていたのと同じものだ。
 理解できない状態に、私の頭の中はますます混乱した。
(ど、どうなっているの?わけわかんない…誰か説明してよ!)
右手の拳をギュッと握りしめた。ふいに、誰かの足音が近付いてきた。足音のした方を見れば、風亜がいた。とても心配そうな顔をしていた。
「涼ちゃん、大丈夫?」
「何で来たの?」
「だってアイスが溶けそうなのにまだ来ないから、どうしたのかと思って…」
私はここにいては危険だとようやく悟った。
 体育館までは五十メートルしかないのに、事態はいっこうに良くならない。悪くなっていくばかりだ。このままでは、体育館へなだれ込む危険性もある。
(新山君と片平さんも修羅場っている事だし、明日はいよいよ準決勝、勝てば決勝戦だから、これまでの努力を水の泡にしないためにも、ここは二人に先に問題を解決してもらうことにして、私はどこかへ逃げよう!)
さっそくバスケットシューズに履き替えようと、下駄箱へ手を伸ばした。







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