無い物ねだり
「ちょっと待ちなさい、漆原さん。まだ話しは終わってないわよ!」
(来た来た!)
案の定、片平が追っかけてきたが、私は止まろうとしなかった。足の速い韋駄天と渡り合えそうなスピードで走り、逃げ切るつもりだった。
 彼女はさらに怒りがましたすごい形相になっている。迫力満点の上、ものすごいスピードで追っかけてくる。あまりの迫力に恐れおののいた私は、バスケットシューズを持つのも忘れ、外靴のまま校舎の中へ駆け込んだ。
(あとで必ず掃除します。状況が落ち着くまで、見逃して下さい!)
恩田先生の顔を思い浮かべつつ、誓いを立てた。
 そのまま向かうのは、三階にある書道教室。生徒が登校から下校まで使っている一般の教室は、今日も補習や夏期講習、部活をしている生徒の休憩場所として使われている。逃げ込めば関係のない人に迷惑がかかってしまう。その点、特別教室である書道教室なら誰もいないし、数日前鍵が壊れたので、わざわざ鍵を取りに行かなくても入れる。私は一つの可能性にかけ、階段を一番飛ばしで上がった。
 日々部活で鍛えているが、少し息があがり足がダルくなってきた。めまいもする。二試合もこなしたので、体はエネルギー切れらしい。
(あー、アイス食べたかったなぁ。もう溶けちゃってるんだろうなぁ)
しかし、後ろから階段を駆け上がる音が近付いてくれば、『それどころじゃない!』と考え直した。
(片平さん、こんなに足が速かったっけ?バレリーナって、実はすごいんだ!)
「涼ちゃん、待って!」
ふいに名前を呼ばれ振り返ると、風亜が一段飛ばしで追いかけて来ていた。後ろに片平さんの姿は見えない。体力が尽きて、どこかで一休みしているのかもしれない。
(いや、安心はできない。もしかしたら、すぐそこまで来ているかもしれない!)
 そう思っていたら、二階の廊下に着いたとたん、風亜に出くわした。
「風亜!」
「涼ちゃん!」









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