無い物ねだり
「何やっているの?」
「それはこっちのセリフだよ。いつまで経っても帰ってこないから、心配になって探しにきたんだよ」
「ゴメン!今、急いでいるんだ。後で詳しく話すから。じゃあね!」
「後でって…アイス、全部溶けちゃうよ!」
風亜が叫ぶのを背中で聞きながら、さらに階段を駆け上がった。書道教室は三階にある。もう一階分階段を上らなければならなかった。
 三階に着くと、注意されるのを覚悟で廊下を全力疾走した。書道教室は、今駆け上がって来た階段を上った、右側に伸びる廊下の端にある。書道教室と書かれた札も見える。あと少しだ。
(片平さんをうまくまけますように。うまくまけますように!)
明日の試合のためにも、トラブルは絶対避けたかった。
 だからだろう、片平の姿を見た時、まるで地獄に突き落とされたような気がした。
(ウ、ウソ…)
彼女はもう一つの階段…私が上がってきた階段よりさらに書道教室側に位置する階段を上って来ていた。私の行き先を推測しなければ出来ない行動。頭の良い彼女は、名探偵並みの推理力を働かせ私を追ってきたらしい。
(すごっ!…って、ホメている場合じゃない!)
私の気持ちが通じていない片平は、肩で息をしながら胸の前で腕を組みニラんだ。
「漆原さん、まだ話しは終わってないわ」
「げっ、片平奈々!」
追いついた風亜が後ろで叫んだ。しかし片平はひるまない。堂々としている。私も堂々と、かつキッチリとニラみかえした。
「片平さん、私の話は終わったわ。いいかげん、あきらめて帰ったらどう?」
「あきらめないわ、絶対。新山君のプライドのためにも、必ず謝ってもらうわ」
「何で新山君のプライドのために私が謝らなきゃならないのよ」
「みんなが、あなたみたいなブスに色目を使われたって知ったら、彼の価値が落ちると思うわ。せっかくレベルの高い男なのに。もったいないわ」










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