無い物ねだり
(危なかった!でも、解放されたから良かった)
「ちょっと、何するのよっ!」
ふいに片平が叫んだ。ハッとして振り返ると、風亜が長い手で後ろから片平を抱きかかえていた。
「涼ちゃん、逃げて!体育館へ逃げて!きっとみんなが助けてくれるから!」
しかし片平は細い体を左右に振って今にも振り解きそうな勢いだ。風亜の顔も必死で、彼女を押さえていられるのは長くなさそうだった。
 危険を感じた私は予定通り、体育館へ逃げる事にした。逃げてみんなに助けてもらう事にした。
(とても大事な時期だけど、もう一人じゃ無理だ。先生に怒られたら、ちゃんと事情を説明して謝ろう。みんな、ごめんね!)
「ごめん、風亜。私、行くね」
「私なら大丈夫。早く行って!」
「待ちなさいって行ってるでしょ、色ボケ女!」
私は風亜に手を合わせ身を翻すと、片平さんが上ってきた階段を降りようと再び走った。
 ところが階段にさしかかった時、下から新山が現れた。彼は額に汗し、肩を激しく上下させていた。
「新山君!」
「漆原!片平さんはどこだ?」
新山は必死に背伸びして私の後ろを見た。私が指さすと片平を発見し、大急ぎで階段を上って彼女の元へ行った。
「ここにいたのか。ずいぶん探したぜ」
片平は新山が現れると動きを止め、食い入るように見た。新山は悲しそうな顔で彼女を見た。
「もう、こんな事止めよう」
「いやよ!あの女が悪いんだから、謝るまで止めない!」
「悪いのは俺の方だよ。片平さんに気を持たせるような事を言ったから…」
新山は振り返ると、私を見た。彼の目はとても辛そうだった。
 彼の目を見たら、私の胸は苦しくなった。どうにかして苦しみから救ってあげたくなった。いつの間にか着ているユニフォームの胸元をギュッとつかんでいた。








< 110 / 214 >

この作品をシェア

pagetop