無い物ねだり
「なんで、なんでよ…これじゃあ私、悪者みたいじゃない。悪者みたいじゃない!」
片平は泣きながら叫んだ。呆然と様子を見ていた私を見れば、涙もぬぐわずキッとニラんだ。
「…みんな、あの女が悪いのよ。あの女が悪いのよ!」
片平は一瞬で風亜の腕を振り解くと、私に突進してきた。彼女の鬼気迫る様子に並ならぬ危険を感じた私は、慌てて階段を降りようとした。
 とたん、ドンッ!と右横から体を強く押された。私は『あっ!』と言葉を小さく発すると、体勢を崩した。瞬時に『このまま倒れると危ない』と思い、慌てて体勢を立て直そうとした。しかし足が絡まりできない。すると右足のつま先が階段にひっかかり、普段では考えられない角度で内側へ曲がった。
 とたん、右足首に激痛が走った。『ヤバイ』と思う。だが直そうとしても、やはり出来なかった。
 体は重力に引っ張られるよう前のめりに倒れ、階段がスローモーションで近付いてくる。手を前に突っ張るが、勢いがつき滑ってしまい止められない。
 『危ない!』と思った次の瞬間、ガンッと音がたちそうな勢いで階段に頬を強打した。『痛い!』と感じたとたん体は自由を失い、頭を下にしてゴロゴロと転がり落ちた。まるで土砂崩れの時、流されてゆく木のように。
 そのまま踊り場の一番端まで転がり背中を強打すると、ようやく止まった。しかし息をしようとしてもできない。背骨が折れたか、もしくは内蔵が破裂したのではないかと錯覚するほど、激しい痛みが全身を駆けめぐるばかりだった。
 意識がじょじょに遠のいていく。遠くで『涼ちゃん!』と風亜の呼ぶ声が聞こえるので、手を伸ばし風亜の手をつかもうとするが、指一本動かせない。今の衝突で脳と体が分裂してしまったのかもしれない。
(風亜、ごめん。また迷惑かけるかも…)
これからの展開を思うと、親友に対し申し訳ない気持ちで一杯になった。さっき言われた通りすぐ体育館へ向かっていれば、こんな事にならなかったかもしれないから。
 するとふいに、たくましい腕が私を抱きしめた。力を振り絞って顔を動かせば、新山がひどく心配そうな顔でのぞき込んでいた。








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