無い物ねだり
「おっと、ダメだよ。新山からのお願いだもの。さ、福原さんと一緒に体育館へ行こう」
「あら、進藤君。頼りになるわねぇ」
「そうだよ、僕はいつでも頼りになるんだから!」
進藤はヘヘンと自慢げに笑った。
 しかし風亜はハッとした。
「部活、行かなくて大丈夫なの?」
「うん、もう終わって帰るとこさ」
「そう、よかった」
すると突然、新山が叫んだ。
「救急車呼んだぞ。それと、早く片平さんを恩田先生のところへ連れて行ってくれ。また逃げられるぞ!」
「ガッテン、ショウチノスケ!んじゃ、行ってくるな、新山!」
「ああ、よろしく。進藤、福原!」
風亜は、私がいる階段ではなく、もう一つの階段を使い体育館へ向かっていった。片平は道中大暴れしたが、鍛え上げられたサッカー小僧と大柄な女子バスケット部員に抱えられ、振り解く事ができなかった。
 風亜が体育館に着いた頃、救急車が学校の正面玄関に到着した。突然やって来た救急車に学校中騒然となり、教室や職員室にいた生徒や先生が窓から顔をのぞかせ、グラウンドで部活をしていた生徒は練習を止めて様子を見に来た。全員、興味津々だった。
 渦中の女子バスケット部は、もっと大騒ぎだった。監督の恩田先生が鎮めようとしたが、扉一枚隔てた廊下に犯人がやって来たので、なかなか落ち着かない。一人二人…と出入り口のドアまで行き、全員集まるとドアに耳をくっつけ話しを聞き取ろうとした。すると、しまりの甘かった扉は人の重さに耐えきれず、聞き耳を立てていた部員が雪崩のように飛び出した。
「何をやっているの、あなた達!」
当然、恩田先生は目をつり上げて怒った。しかし部員達は片平を見るなり、全員親の敵を見るような目つきでニラんだ。『罰しなければ気がすまない』とばかりに。
 現実離れした行動を取っていた片平も大勢から非難の視線を浴び、ようやくおとなしくなった。恩田先生が『今後の処分は厳しい』と言わんばかりにため息をつけば、事の重大さを認識した。
―私は、とんでもない事をしたのかもしれない…―
両脇を抱えた進藤と風亜は、彼女が消え入りそうな声で呟いたのを聞いた。 
 しかし、気づくのが遅すぎた。準決勝を翌日に控えた大事な時に、私は大ケガをしてしまったのだから。



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