無い物ねだり
第十五章
 目を開けると、見慣れない白い天井と消毒薬の匂いが鼻をついた。ガチャガチャと金属製の物がふれ合う音と女性が優しく尋ねる声や、ヒソヒソと何かを話し合っている声も沢山聞こえる。全部、非日常的。
 非日常的な現実は、私の不安を膨らませた。
「涼、涼?」
「う…」
聞き慣れた声に呼ばれてホッとしてあたりを見回すと、腰を中心にズキッと痛みが走った。右足首や頬もズキッと痛み、とても嫌な予感に襲われた。予想通りなら、とんでもない事になる。
「大丈夫?涼」
「漆原!」
突然、新山の声がした。驚いて目を開けると、母とスーツ姿の父、新山が心配そうな声で上からのぞき込んでいた。新山はまだサッカーをするための格好をしていた。
「…ここ、どこ?」
「病院よ。階段から転がり落ちた時、体のあちらこちらをぶつけて意識を失ったの。そばにいた新山君が救急車を呼んで私に連絡をくれて、今さっきお見舞いに来てくれたの。お父さんには私が連絡したわ」
「いや、涼が救急車で運ばれたって言うから、ビックリしたよ」
「仕事を抜けてきたりして大丈夫なの?」
「娘が一大事なんだ。そんなの後回しさ」
「ゴメン、父さん」
「謝る事はないさ。仕事より娘が大事だからな」
私は新山を見た。
「新山君、色々ありがとう」
「べ、別に。側にいたから、やっただけさ」
新山は頬を真っ赤にして、そっぽを向いた。照れているらしい。
「でも、よかったわ。意識が無いって聞いた時はどうなるかと思ってすごく心配したけど、ケガも大した事ないし。安心したわ」
「ケガ?」
私は言いしれぬ不安に襲われ、背中を走る痛みを我慢して上半身を起こした。体の状態を全て知らずにいられなかった。
 すると、右足首が白い包帯でグルグル巻きにされている事に気づいた。指で触れば、バンバンに腫れ上がっているのがわかった。

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