無い物ねだり
恩田先生は一呼吸した。私の周りの空気がパンパンに張りつめた。
「回りくどいのは嫌いだから、率直に言うわ」
心臓がバクバクと、すごい勢いで鼓動を打つ。
「明日から行われる試合への出場は」
(…出場は?)
「見合わせたいと思います」
「・・・!」
頭の天辺から冷水をブッかけられた気がした。
「漆原さんは有能なプレイヤーよ。だから、無理してケガを悪化させないよう安静にするのが一番だと思うの。ここで漆原さんが欠けるのは非常に痛いけど、漆原さんの未来を考えると、皆で力を合わせて乗り切った方が良いと思うの。あなたはまだ中学三年生だし。高校へ行っても活躍できると思うのよね」
「…や、です。イヤです!」
私はようやく恩田先生の目を見た。彼女はとても落ち着いた目で私を見ていた。怒りも哀れみも感じられない。
「漆原さん。あなたの気持ちはわからないでもないわ。人一倍がんばって来たこと、私だけじゃなくチームメイトみんなが知っている。でも、ケガは考えている以上にひどくて、ここで無理をしたら後々自分を苦しめるわ。私はそう言う人を何人も見てきた。そして彼女達の多くは、無理をしたことをとても後悔していた。あなたにはそうなって欲しくないの」
「でも出たい。決勝だけでもいいから出たいんです!」
「この後、どうなってもいいの?」
「よくありません!でも、お医者さんに聞けば、何か良いアイデアがあるかもしれません。それまで判断を待って欲しいんです!」
とたん、恩田先生は『ハア』とため息をついた。
「…どうやら交渉決裂ね」
そして、またため息をついた。残念そうに視線を外せば、私はものすごく嫌な予感に襲われ胸がドキドキし、タオルケットをきつくつかんだ。
 ふいに恩田先生は私を見た。
「明日の試合ですが…やはり出しません」
「・・・!」
「十二分に静養して下さい」
「ど、どうもありがとうございました」
「失礼します」




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