無い物ねだり
恩田先生は軽く会釈すると、カーテンの外へ出て行った。母と父は会釈を返すと、不安そうに顔を見合わせた。
 私は先生の後ろ姿を呆然と眺めた。ある程度予想はしていたが、現実に起こってみるとひどくショックだった。
 ショックで涙も出ない。呆然とするばかりだった。
「涼、涼…大丈夫?」
母が心配そうに声をかけてくれても、何と返答していいかわからなかった。ただただ、かけたタオルケットの模様を眺め、恩田先生の顔を思い返すばかりだった。
(これでいいの?これでいいの?このまま恩田先生の言うとおり、おとなしくしていていいの?)
ショックでうちひしがれる胸の内からムクムクと闘争心がわき起こった。
(確かに先生の言うとおりにしていたら、ケガは早く治るだろう。でも…)
負けず嫌いの気持ちが、弱りかけた私を奮い立たせる。
(このままで後悔したりしない?『あの時、長い間入院になってもいいから、出場すればよかった』って絶対思わない?…ううん、きっと思う)
一瞬で決心が固まった。迷いはない。この思いは後で父さんや母さん、恩田先生や風亜にすごく心配をかけるだろう。だが、止められない。炎のような情熱が私を駆り立てる。
(ゴメンなさい、私、悪い子です。聞き分けのない子です。だから、許してとは言いません。結果が悪くても、文句も言いません。一人で反省して一人で後悔します。だから、このまま思うようにバカやらせて下さい!)
タオルケットを勢いよくめくると、ベッドから降りようとした。ケガをした右足首や腰が鋭くズキッと痛んだが、ひるまず床に降りてスリッパを探した。
「どこへ行くの?欲しい物があるなら買ってくるわよ」
「トイレに行ってくる」
ベッドの下に黄色いスリッパが置いてあるのを見つけ、左手でベッドにつかまりながら履こうとした。しかし足首が痛むので、いつものようにスムーズに履けない。
「お母さんも行くわ。一人で歩くの辛いでしょ?」
「いや、僕が行こう。力があるから、寄りかかっても安心だろう」




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