無い物ねだり
「そうなんですか?でも、普通はお医者さん一人につき担当の看護士の方って決まっていますよね。ほら、外来で受診しに行くと、診察室の前に『医師○○、看護士○○』って書かれたプレートが貼ってあるじゃないですか」
「ええ」
「でも、あなたは娘が搬送されてきた時に処置して下さった看護士さんとは違いますよね?処置して下さった看護士の方なら、お医者さんからそう言付かる事もあるでしょうけど、担当でない方が言付かる事ってあるんですか?」
「お母様、お詳しいですね」
「まあ、病院にはけっこうかかっていますから。自然と詳しくなりました」
母はほめられて嬉しいらしく、抱いた疑問を忘れたようにニッコリ笑った。対し、私と看護士はいつウソがバレるかと思い、内心ドキドキだ。
「すいません、心配をおかけしまして」
「いいえ」
「今回は担当看護士が忙しそうにしていたものですから、代わりに私が呼びに来ました」
「そうですか。でも、娘は足がかなり痛いようで、歩くのも大変そうなんですが」
看護士は私をチラリと見た。私はウンウンと大きく首を縦に振った。
「ただですね、先生はこの部屋の隣にある処置室のすぐ側にある空いたお部屋までいらっしゃるとのことなので、足にはあまり負担がかからないと思います」
「本当に先生が来られる部屋は近いんですか?」
「ええ。ですが、ご心配なようでしたら、娘さんと一緒にその部屋の前まで行かれますか?側には椅子もありますので、座ってお待ち頂けますよ」
「ぜひ、そうします」
(エエーッ!)
私は思わぬ展開にますますドキドキした。計画を知られたら、きっと明日の大会出場は止められる。そうすれば、今までした来た辛い練習が本当に水の泡となってしまう。
(どうか、私の計画がバレませんようにっ!)
心の中でこっそり祈った。
 その祈りが通じたのか、母は医者と話し合いをする部屋の前まで来ても何も聞こうとしなかった。『足の捻挫、早く治るといいわね』と言っただけで、医者と何を話そうとしているかなど、しつこく聞こうとしなかった。






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