無い物ねだり
 待つこと十分。先ほど呼びに行くと言って私と供にウソをついてくれた看護士が、白衣を着た一人の男性と一緒に戻ってきた。
 しかしあきらかに全国平均より背が低く小太りで、丸い顔に眼鏡をかけた四十代後半の彼は医者っぽくない。そこらへんにいるオジサンのようだった。おまけに、私は処置をしてもらっている間意識がなかったので、先生の顔がわからない。
(本当にあの冴えないオジサンが診てくれた先生なのかな?)
 ただ母は彼を見つけるとすぐ椅子から立ち上がり、頭を下げ、『先ほどはどうもありがとうございました』と言った。どうやら私が話しをしたいと思っている医者らしい。
(お医者さん、私のお願い聞いてくれたんだ!)
医者が目の前に来ると、私も挨拶をするため立ち上がろうとした。すると右足首や背中がズキッと痛み、思わず目をつぶってうめいてしまった。
「おっと、無理しなくていいよ。みんなの手を借りてゆっくり立ち上がろう」
医者は私の右脇に手を入れた。するとすぐ左脇に看護士が手を入れ、ゆっくりと立たせてくれた。すばらしいコンビネーションだ。
 看護士は母を見ると、空いている左手で部屋を指した。
「娘さんと先生が話すのはこちらの部屋です。先生は忙しいので、あまり長い間お話することは出来ません。時間はさほどかからないと思いますが、終わるまでこちらで待たれますか?」
私はちょっとドキッとした。
(どうか話し声が聞こえませんように)
できるだけ話しを聞かれたくないので、思わず神様に祈ってしまった。
「わかりました。じゃあ、入りましょうか漆原さん」
「はい、お願いします」
看護士が少しドアを開けた。私を支えているので、開けづらそうだ。すると、すかさず母が開けてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
二人に支えられ一歩を踏みしめるよう歩きながら入ると、看護士が電気をつけドアを閉めた。痛みに耐えるのに必死で母の様子を見ることはできなかったが、たぶんとても心配しているだろう。




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