無い物ねだり
 私は椅子に座ると罪悪感とヤル気がない混ぜになった。ドロドロした気持ちをなんとかしようと必死に戦った。
(ここまでみんなに迷惑をかけてやるんだから、必ず良い結果を出さなきゃ。じゃないと申し訳ない)
そして焦った。
「さて、漆原さん。まず自己紹介をしないとね」
「えっ?」
顔を上げると、医師が丸い顔をさらに丸くし、人なつっこそうに笑った。
「ほら処置をしている間、君は意識がなかっただろ?ってことは、君は僕を知らない。でも僕は君のカルテを見たし、みんなが君の事を教えてくれたから知っている。それってイヤじゃない?」
「ああ、そうですね」
医師は丸くて意外とガッチリした手を、私に向かって差し出した。
「医師の早川達夫です。早川は早いと言う漢字に水の流れている川、達夫は達人の立つに夫婦の夫と書きます。わかる?」
「何となく…」
「ちなみに今年、四十三才。すっかりオッサンだよなー」
早川先生はアッハッハと朗らかに笑った。そんな先生を見ていたら、私も嬉しい気持ちになった。
 私は先生の手を握りかえし、先生の目を見た。手は大きくてとても暖かかった。
「じゃあ、一応私も」
「そうだね。せっかくだから念を押してもらおうかな」
「私は漆原涼です。緑成館中学校の三年生です。年齢は…ナイショです」
「残念!でも女の子だから特別に許してあげよう!…そうか、緑成館中学か。あの中学は運動にとても力を入れているね。全国大会に出場している部がいくつもある、とても優秀な学校だ」
『来たぞ!』と思う。いよいよ勝負だ。私は先生から手を放すと、病院から借りた寝間着の裾をギュッとつかみ、先生を食い入るように見た。彼は驚いたらしく、目を大きく見開いた。
「あの、お願いがあるんですけど…」
「うん、何だい?」
「明日は全国大会の準決勝です。勝てば決勝戦へ進みます。だから、なんとか右足を使えるようにして欲しいんです!」


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