無い物ねだり
「うーん…それは僕がいくら優秀な医者でも、無理だなぁ」
「この大会で勝つために、朝から晩まで沢山練習してきました。家には帰って寝るだけの生活をしてきました。まさに練習漬けの毎日でした。出場できなければ、全部水の泡になってしまうんです!」
「君の気持ちはわかる。でも今無理をすると、あとで後悔することになるよ。考えている以上にケガはヒドイんだ。長い目で見たら、今回は見送った方がいいと思うな」
「…私は、出ない方が後悔します」
「そう言われてもなぁ」
「先生の言うとおり安静にして応援団として会場に行ったとします。でも、苦しんでいる仲間を目の前にしたら、何も出来ない自分が情けなくなると思います。そして、がんばって出なかった自分を後悔すると思います。だって私には応援以上の事ができるんです。できるのにやらないなんて、冷たい人間のする事です。私はそんな人間になりたくありません!」
「・・・」
「何があっても先生には文句を言いません。責任を取ってなんて、絶対に言いません。だから、痛み止めでも何でも打って下さい。出場できるようにして下さい!」
「うーん」
先生はアゴに手をあて考えた。
「一ピリオドで…十分だけでいいんです。できるだけ普通に動けるようにして下さい!」
気が付けば私は、廊下まで響きそうな大きい声で叫び、深々と頭を下げていた。母に聞こえたら、止められるかもしれない。そう思うと不安で胸がドキドキした。
 しかし早川先生は何も言わない。顔を上げると、先生は厳しい表情で足下を見つめていた。色々と考えを巡らせているらしい。
 私の不安はさらに募った。『やっぱりそれは出来ない』と言われたらどうしようと思って。
(ダメダメ、弱気になっちゃ。まだ先生は考えてくれているんだから、可能性を捨てちゃいけない!)
「お願いします!力を貸して下さい!」
私はもう一度、頭を下げた。さっきよりもっと深く。





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