無い物ねだり
「三十分くらい前、君と同じくらいの年頃の青年が一人、僕を訪ねてきたんだ。彼は僕に会うなり、君が今までみたいに試合に出れるようにして欲しいって、何度も何度も頼んできたんだ」
「・・・!」
「年頃の男の子が女の子の子のために、なかなかそんな風にできないだろ。異性を強く意志しだす頃だから、親や先生へならまだしも、初対面の医者にそんな事して勘ぐられたら恥ずかしくて耐えられないハズだ」
「・・・」
「でも彼には迷いや羞恥心を少しも感じなかった。『漆原さんを助けたい』って言う強い思いしか感じなかった」
「・・・」
「漆原さんの願いを聞き入れたのは、漆原さんの強い思いに突き動かされたのはもちろんだけど、彼の熱意にやられたってのもあるんだ。さすがに二人がかりでこられたら負けちゃったよ!」
ハハハ!と先生は照れくさそうに笑った。『みんなにはナイショだよ。じゃないと、無理をする人が増えちゃうから』と言えば、私と母、看護士にウインクした。
 しかし私は先生の話をほとんど聞いていなかった。頭は新山の事で一杯だった。
 部屋へ戻ると、父が心配そうにベッドの周りをウロウロしていた。私を見つけると、『ずいぶん帰ってくるのが遅かったな。そんなに重大な話しだったのか?』と早口にまくしたてた。とても心配してくれていたらしい。それでも私はあまり反応できず、てきとうにうなずいた。ほとんど上の空だった。
―あきらめた恋が手に入りそうだなんて、まるで夢みたいだから―
(夢じゃなきゃいいな。本当だったら、いいな)
心の底から思った。
 早川先生に明日の朝一番で診察してもらう約束を取ると、ようやく病院を出た。時計は午後七時を回っていた。院外薬局で薬を受け取り自宅へ戻ると、午後七時三十分を過ぎていた。空はすっかり暗くなっていた。
 家について間もなく、バスケット部の部員が大勢お見舞いに来てくれた。同級生だけじゃなく、レギュラーメンバーの二年生もいた。全員私服のところを見ると、家に帰った後わざわざ来てくれたのだろう。日中の出来事が大事だったのと、私はレギュラーメンバーだから、この後試合に出られるかどうか不安に違いない。




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