無い物ねだり
「カラ元気でも元気なフリをしていたら、本当に元気になるの。だから、元気なフリしてがんばるの」
「うふふ」
母はふいに笑った。
「何よ」
「…心の底から、バスケットが好きなのね」
「そうだよ。バスケットはこの世の中で一番好きなものなの」
とたん、頭の中に新山の顔が浮かんだ。胸がドキドキする。今日私のために一生懸命動いてくれた彼。もしかしたら、この世で一番は彼かもしれない。
(なんだか声が聞きたいな。電話でいいから、声が聞きたいな…)
座っているベッドの上から、机の上に置かれた黒色とオレンジ色で配色されたリュックを見た。続いて、机の一番大きな引き出しを見た。
 リュックの中には携帯電話が、引き出しの中にはクラス連絡網のコピーが入っている。新山と直接話すためには、自宅へかけなければならない。彼の携帯電話の番号を知らないからだ。でも私をよく知らない彼のお父さんやお母さんが出たら、『何のようだ』と勘ぐられるかもしれない。そうなったら、うまくいいわけする自信がない。あわてふためいてしまいそうだ。考えただけで胸がドキドキした。
(でも、もしかしたら三つ上のお姉さんが出るかもしれない。そうしたら大分いいよな、『なーに、彼女?』って突っ込むくらいだもんね。あっ!それか、『ちゃんとお礼が言いたくて』って言う手もある。それならお父さんやお母さんが出ても怪しまれないですむ。かえって息子が人助けした事を知って、嬉しがるかもしれない)
妙案に顔がニヤけた。うまくいきそうな気がしてきた。
「涼、お母さん夕飯を作らなきゃいけないから、下へ行くわね。ちゃんと安静にしているのよ」
「えっ?あ、うん」
「じゃ」
母は意味深な顔をして部屋を出て行った。私のおかしな様子を見て、何やら感づいたらしい。
(で、でもいいもん!いいんだもんっ!新山の声さえ聞ければいいんだもん!『変な子』とか思われたって、気にならないもん!)




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