無い物ねだり
心臓はまだバクバクしていたが、そんなこと口が裂けても言えない。風亜は私が新山からイジメられていることを誰よりも知っているから。
『涼ちゃんがそう言う時って、やせ我慢している時だよね』
「そ、そうかな」
いや、そうだ。図星だ。
『明日はあんまり無理しないでよ。中学での大会は最後だけど、七ヵ月後には高校生なんだから。高校へ行ってもバスケしたかったら、体を大事にしないとね』
「はーい」
『あ、今、話していていい?』
「うん」
『実はさ、片平のことなんだけど』
再び心臓がドキッとし、続いてムカッとした。今、体が痛くて心が苦しいのは、ほとんど彼女のせいだから。
『さっきお見舞いに行った時、みんながいたから話せなかったんだけど…片平さんね、一週間の停学処分になったんだよ』
「そっ、そう」
『救急車が出動するほどのケガを負わせたのに、一言も謝らなかったでしょ。それで恩田先生が緊急の職員会議にかけたら、全員一致で決まったんだって。ま、しょうがないと言えば、しょうがないよね』
「うん」
『そんなワケで、夏休み明け一週間はいくらか静かな高校生活が約束されました。よかったね』
「ありがとう、わざわざ」
『今夜はゆっくり休んでね』
「うん。明日ね」
私はすぐに通話を切り、椅子に腰掛けた。足や背中が痛み、額から再び玉のような汗が噴き出した。
 ただ、明日の計画が風亜にバレなかったのでホッとした。明日の朝一番で診察を受ける予定だなんて、口が裂けても言えない。これ以上親友に負担をかけたくなかった。
 携帯電話を二つに折って閉じるとリュックの中へしまい、そのまま試合に持って行くものを点検した。一人でなんとか階下へ降り夕飯を食べれば、薬を飲んでシャワーを浴びた。湯船を出入りする体力は残っていなかった。







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