無い物ねだり
 いつもより早い午後九時にベッドに入ると、あっという間に寝てしまった。薬の作用もあるだろうが今日は色々ありすぎて、心底疲れていた。
(明日は良い一日でありますように)
眠りに落ちる数分間、何度も何度も繰り返した。おかげで幸せな気持ちで眠りについた。
 時、同じ頃。新山は電話の着信記録を食い入るように見ていた。もう五回目。四回目は十分前に見た。
 新山は、大きな液晶パネルに表示されている電話番号をそらで言えるほどキッチリ覚えていた。だから電話がかかってきた時、すぐ受話器を取った。心臓は緊張のため、バクッバクッと変な鼓動を繰り返していた。
 だが『もしもし』と言う間も無く切れてしまった。そして、かけ直す勇気もなかった。
 体育の時間、トイレへ行きたいとウソをついて教室へ侵入し、そっと調べた涼の携帯電話の番号。その後、自分の携帯電話を何度と無く見つめ『かかってくればいいのに…』と思った。しかし、家の電話とはいえ、本当にかかってくるとは思わなかった。
(…アイツ、何が言いたかったんだろう?)
今日起きた事件を思い返しながら、たくさんの返答パターンを考えた。片平の事、ケガの事、思わず抱きしめてしまった事…どれもあたっている気がし、ハズれている気もした。
 ふいに、新山の瞳に意志の光りが宿った。リビングへ行けば、お笑い番組に夢中になっている母へ計画を宣言しようと息を吸い込んだ。
「母さん」
「なにぃー?」
返事はすれど、テレビに夢中だ。
「明日、出かけてくる」
「どこへー?」
「友達がバスケットの試合に出るから、応援しようと思って」
すると母はガッツポーズをして振り返った。
「そりゃ、気合い入れて応援しといで。ファイ、オーッ!」
「俺を応援してどうすんだよ」
呆れつつも、新山は嬉しそうに笑って自室へ戻った。机の引き出しの中やCDを置いてある棚から画用紙やマーカーを取り出し机の上に置くと、『ふーっ』と息を吐き何やら作業し始めた。作業をする新山は本当に幸せそうだった。
 私と新山の関係は、新たな展開を迎えようとしていた。










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