無い物ねだり
第十六章
 翌朝起きると、痛みは少し治まっていた。しかし、肝心の足首は腫れが引かず、歩くたび激しい痛みに襲われた。バッグに入れてあった手鏡で顔を見れば、ぶつけたところが黒ずんでアザのようになっており、とても痛々しかった。見ようによっては、大ゲンカした人のようだ。
(みんなギョッとするだろうな。でも、休みたくないし…顔にも湿布を貼ってもらおうかな)
昨日見てもらった早川先生にイチルの望みをかけ、朝早くから支度をして病院へ向かった。昨日、午前七時半に診てもらう約束を取り付けたので、行けばすぐ診察してもらえる。その時間に診察を受け処置をしてもらえば、午前九時の集合時間にギリギリ間に合うから。
 病院に着くと母に支えられ、人気のない夜間出入り口から入った。診察時間前なので建物の中はまだ電気がついておらず、薄暗く、自分の足音がやけに大きく聞こえた。
 慣れない雰囲気に小さな不安を抱きつつも、昨日看護士さんに教えてもらった通り、病棟の三階にあるナースステーションへ行った。まだ外来が動いていないため、病棟の方で診てもらう事にしたのだ。
 病棟の廊下はすでに電気がつき、看護士さん達が忙しそうに働いていた。いい匂いもする。入院患者達が朝食を取っているのかもしれない。
 すでに早川先生も来ていて、笑顔で『おはよう、調子はどうだい?』と聞いてきた。私は不安と痛みに耐え、必死に作った笑顔で『昨日より大分いいです』と答えた。
 先生は特に怪しがる風もなく笑顔で『じゃあ診察しようか』と言い、ナースステーションの中へ私と母を招き入れた。ナースステーションの中には先生しかおらず、私は少しホッとして中へ入った。いくら看護士が守秘義務を持っているから誰にも私の症状を話さないとわかっていても、あまりジロジロ見られたくなかった。そっとしておいて欲しかったのだ。
「さあ、足を出して」
「はい」
言われるまま、先生が持ってきた椅子の上に足をのせた。先生は座っている椅子ごと体を寄せてくると、見えやすい位置で止まり、私がはいているジャージの裾をめくり、靴下を下げた。巻いていた包帯を取れば、少し眉をひそめた。


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