無い物ねだり
「昨日より大分いいのかい?」
「いいですよ。歩いても死ぬほど痛くないですから」
「本当に?」
「歩いても顔をしかめるくらいの痛さになったんです」
「そうかい。…で、背中はどうだい?」
今度先生は椅子ごと私の背中の方へ回ると、来ている半袖パーカーとユニフォームをめくった。
「背中を少し反らしてくれるかな?」
「はい…イテッ!」
「こっちも昨日より大分いいかい?」
「いいですよ。こっちも眉をしかめるくらいの痛さになったので」
「それはよかった」
先生は椅子に座ったまま、机のほうへ戻った。そのままパソコンをいじれば、マウスを使って何やら操作しだした。黙ってみていると、チラリと私を見た。
「漆原さん、出場は一試合につき十分の約束だよ。いいね」
「はい、必ず守ります」
先生がマウスをカチッと一回クリックすると、プリンターが動き出した。A四サイズの紙を吐き出せば取り、黄色いクリアファイルに入れた。そしてどこかへ電話すると、『ちょっと待っていてくれるかな』と言い、母に椅子を勧めた。
 五分ほど待つと、白衣を着た小柄な女性がやって来て、小さな試験管を先生に渡した。先生が『ありがとう』とお礼を言うと黄色いクリアファイルを受け取り、そそくさと立ち去っていった。
 先生は私を見ると、白衣を着た女性が持って来た物を見せた。
「これは痛み止めだよ。これから打つからね」
「は、はいっ!」
「でも、この方法はあまりおすすめ出来ないんだ。特別だからね」
「はい」
「試合が終わったら、ちゃんと休むんだよ。君はまだ若いんだから、将来のためにも無理は禁物だ」
「わかりました。…お願い、します」
「うん」



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