無い物ねだり
 本大会メイン会場である総合体育館につくと、今日も割り当てられた控え室へ向かった。ただ向かう途中、見学に来た他の中学の選手や父兄とすれ違うと、みんなギョッとした顔で私を見た。頬に大きなカット綿を貼っているので、何やら問題を起こしたと思ったのだろう。わかりきった反応だったので、私は無視し、堂々と歩いて通り過ぎた。控え室の場所は、昨日村井がお見舞いに来た時教えてくれた。
 歩きながら恩田先生の事を考えた。先生は『試合に出さない』と言ったが、ヘコたれたりしていない。痛み止めが効いてきたのか右足首は痛みが無く、いつも通り歩けた。活躍できる自信も戻ってきた。
(必ず出場する。そして、T大附属に勝つ!)
一歩歩くごと戦う意欲を高めた。
 控え室に着くと、ドアの前で深呼吸した。ドアノブを握れば、一息に中側へ押し開いた。
「おはようございます!」
「あっ、おはよう涼ちゃん!」
「おはよう、漆原。足の調子はどう?」
「大丈夫だよ村井。いつも通り動けるよ」
部屋に入ってすぐ、風亜と村井が声をかけてきた。心配して待っていてくれたらしい。他のメンバーはさっきあった父兄のように、私の顔に貼られた大きなカット綿を見てギョッとした。しかし私は気にせず、風亜とキャプテンを安心させようと右足を持ち上げ、前へ後ろへ動かした。二人はホッとしたように笑顔になった。彼女達の笑顔を見た私もホッとし笑った。
 監督を捜せば、十畳ほどある部屋の一番奥の椅子に腰掛け、こちらを見ていた。その表情は厳しく、すでに戦闘モードに入っていた。
 村井は私の耳元へ口を寄せるとささやいた。
「漆原、今日なんだけど…二試合とも控えの選手として登録されているから」
「・・・!」
「漆原はケガをしてフル出場できないでしょ。それで代わりに戸塚をスタメンとして出すことにしたの」
「そ、そう」
「できれば最初から出て欲しかったんだけど、無理出来ないでしょ。それで先生と話し合って決めたの」
「えっ?」



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