無い物ねだり
私は驚いてチラリと恩田先生を見た。恩田先生は椅子に腰掛けたまま目をつぶり、腕を組んで何事か考えている。
(出さないって言ったから、控えの選手としてさえ登録されてないと思っていたのに…もしかして、村井が先生に一生懸命お願いしてくれたのかな?)
「あの、村井」
私は村井の耳元に口を寄せると小声で言った。
「ありがとう」
「何が?」
「村井が私の出場を後押ししてくれたんだよね」
「まあ、そうね」
「やっぱり!昨日、恩田先生が病院までお見舞いに来てくれた時、私を『出さない』って言ったんだ。だから今日来ても、てっきり出場登録されていないんじゃないかって思ったんだよね」
「そうだったの?」
「えっ?」
「さっき私が見たメンバー表には、すでに漆原の名前が記入されていて、恩田先生は出場停止にするなんて一言も言っていなかったわよ」
「ええっ!」
再び驚き、恩田先生を見た。恩田先生はまだ同じ姿勢で考え込んでいた。
「なんで昨日は出さないだなんて言ったんだろう…?」
「あなたにヤル気を起こさせたかったんじゃないかな」
「ヤル気?」
「昨日の漆原、ものすごく調子悪そうな顔をしていたよ。お見舞いに行った時はみんな何も言わなかったけど、家から出てきたら『明日、出れるのかな?』って一斉に言ったくらいだもの」
「そう、だったんだ…」
「最初見た時、あまりにも調子が悪そうだったから、ショックで素知らぬふりをしていたけどね」
「ご心配をおかけしました」
「たぶん、先生も同じ気持ちだったと思うよ」
「先生も?」






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