無い物ねだり
「だから、あえて厳しい言葉を投げつけて『クッソー!』と思わせるようにしたんじゃないかな。救急車で運ばれるほどの状態になったんだもの。負けず嫌いの漆原なら、『かわいそうね、大丈夫?』なんて言われたら、心が折れて試合に出られなくなりそうだもの」「ああ、なるほど…」
私は大きく頷いた。たしかに昨日、恩田先生がお見舞いに来てくれた時の私は、痛みと使い物にならないかもしれない右足を見てものすごいショックを受けていた。『このままじゃ、試合に出られないかもしれない』とすごく焦っていた。あの時もし恩田先生に『大変だったわね、片平さんにヒドい目にあわされて』なんて言われたら、先生だけじゃなく自分にも甘えて、今日無理矢理来ようとは思わなかったかもしれない。
(恩田先生、本当よく見ているなぁ。ヤル気を起こさせるのウマイよなぁ)
恩田先生のすごさを改めて実感した。
「そうそう、漆原。いつ試合に出るかわからないから、つねに心の準備はしておいて」
「了解!」
村井と別れると、恩田先生の側へ行った。一応出場メンバーには入っているが、念を押さねば出してもらえないかもしれない。しつこいと思われてもいいから、『出して下さい』
と言うつもりだった。
 ただ、先生の側に立つとひどく緊張した。『何しに来たの?』とスゴまれそうな気がして。
 先生はゆっくりと目を開けると、闘志に満ちた目で私を見た。私は慌てて一礼した。
「おはようございます、恩田先生。昨日はご迷惑をおかけしました」
「今日の事については、村井さんから聞きましたね」
「はい、出場メンバーに加えてもらえて嬉しいです。出たら、全力でがんばります!」
「あら、ずいぶんしおらしいじゃない」
「昨日先生は私を『出さない』って言ったので、けっこうヘコんでいたんです。だから、出してもらえると聞いてすごく嬉しいんです」
「『全部出さない』とは言ってないでしょ」
「えっ?」
「あなたの本気を確かめたかったのよ」
(村井の言ったとおり!)
予想が当たり、感動に鳥肌が立った。







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