無い物ねだり
「そうか!片思いされていて、涼も片思いしているんだ。…ってことは、両思いじゃない」
「ちょっと、もうやめてよ!」
「今名前を口にした『新山君』ってのが、涼と両思いしている男子?あの二人のどっちが新山君なの?」
「戸塚っ!」
「あっ、だんだん顔が赤くなってきた。やっぱりそうなんだぁ。あの二人の中に新山君がいるわけ…あっ!」
戸塚は再び叫んだ。先輩達も何事かと振り返った。戸塚はお構いなしに私を食い入るように見た。
「ねえもしかして、右側に座っている、前髪を立てている男子って、あの新入生歓迎会でコーラを大噴射した男子じゃない?」
「えっ?」
「そうでしょ?うん、絶対そう!」
戸塚は、グーに握った手をぶんぶん振って大喜びした。私は予想外の展開に、顔から火がでそうなほど恥ずかしくて目を泳がせた。よもや新山がこんな事までするとは思わなかったから。
―本当に、新山は別人だ。人が変わったとしか言いようがない。―
私は夢を見ているのではないかと思った。そうでなければ、こんな事をしてもらえるハズがない。イジメられているだろう。とは言え、やっぱり嬉しくて、クールが売りなのにニヤけてしまいそうだった。ますます怪しがられるのに。
 私は新山と進藤を見ると、照れを隠すよう小さく頭を下げた。そして、心の中で『ありがとう』と呟いた。クルリと背を向ければ、とっととベンチに座った。私にはこれで精一杯だった。
(でも、手くらい振っておこうかな…)
意を決し振り向くと、小さく手を振った。すると新山は眉間にシワを寄せ、驚いたように『へっ?』と言った。応援団や観客の声で会場内はかなり賑わっているが、私はハッキリと聞き取れた。隣にいた進藤も同じ反応をした。
 ただすぐ、笑顔で親指を立て『ガンバ』と言ってくれた。なんだか嬉しくて、でも恥ずかしかった。やっぱり新山が別人のようになったとしか思えなかった。
(でも、ちょっと前進したかな…)










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