無い物ねだり
 ワーッ!と、相手チームのベンチにいる選手や応援団が立ち上がった。メンバーは全員、青山カエデに向かって『ナイスシュート!』とねぎらいの言葉をかけた。
 対し、私達チームのメンバーは引きつったような表情をし、硬直していた。一点でも取られまいと必死にがんばったのに、青山はサラリとシュートを撃ち、決めたのだ。
 高い技術力があることを、見せつけるかのように。
「さあ、取り返すよ!」
立ちこめた暗い空気を払拭するよう、村井は手をパンパンと打ち、叫んだ。チームメイトはぎこちない表情ながらもうなずき、再びボールを追いかけようとした。だが、まだ表情が硬い。先ほど受けた衝撃が抜けきらないようだ。
(大丈夫かな?このままじゃ気持ちで負けちゃう…)
無意識のうちにアップするのを止め、コートの中のメンバーを見守った。
 山之内は固い表情のまま、ゴール斜め下にあるベースラインの外に立った。試合を再開するためだ。ボールを頭の上へ抱え上げれば、コートの中にいるメンバーへ向かって投げ入れた。するとそれを戸塚が取り、苦しい表情を振り切るよう、早いパスワークで相手チームのゴールへ向かい走った。
 相手チームのディフェンスはピッタリくっつき、ボールを奪おうとする。しかし戸塚はギリギリでかわし、ドリブルしながらパスする相手を探す。体のキレは悪くない。プレーに集中する事で過去を忘れようとしているのだ。
 不安はぬぐえないが、なんとか乗り切れそうな気がした。
 ゴール下、ゾーンに着くと、右から井川が切り込んだ。守っているT大附属のディフェンス三人を鮮やかに交わせば戸塚からパスを受け取り、ゴールに一番近い場所にいる村井へパスした。
 高い確率でシュートを決める村井に、私達は全員、期待のまなざしを向けた。
(ここですぐに点を取り返す事ができれば、沈んでいる空気を盛り返せる。ガンバレ、村井!)
思いをくみ取った彼女は、幾本も伸びる手の壁をブチ破るよう、力強くジャンプした。しかしボールを放つ手はあくまでも優雅で、ボールは静かに、そして優美な放物線を描きながらバックボードへ向かって飛んだ。









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