無い物ねだり
 目的地は、バックボード中央に描かれた黒い長方形の右隅上。
(入れっ!)
無意識のうちに握った拳に力を入れ、思いを矢のように飛ばす。そうしたら矢がボールの飛ぶ威力を上げ、たとえ誰かが触ってもはじき、ネットに必ず収まる気がした。得点できる気がした。
 そんな時、『バシン!』と何かを叩く渇いた音が聞こえた。同時に、ボールの姿が見えなくなった。
(えっ!)
突然の出来事に、なぜそこにボールがないのかわからなかった。ゴール下の左側で、二色のユニフォームが絡むよう群れている事に気づけば、信じられなくて食い入るように見た。
 誰かが村井の放ったシュートをブロックしたのだ。
「村井のシュートがブロックされた。ウソーッ!」
ベンチの中央に座った田中が叫んだ。周囲もどよめく。コートの中にいるメンバーも同じ気持ちらしい。おまけによく見れば、ボールまで取られていた。メンバーは落ち込む暇もなく、ボールを追いかける。取り返すのに必死だ。
 そんなチームメイトの表情はとても辛そうだった。今まで村井が出れば、絶対試合に勝てていた。優勝出来るとさえ言われていた。それだけ彼女は実力があって、誰も止める事ができなかった。無敵だった。
 だから誰も、信じられなかった。信じたくなかった。
(今年のT大附属、本当に強い!)
二度も打ちのめされたメンバーの周りには、怪しい空気が漂い出していた。『負けるかもしれない』と思い出していた。
「みんな、ガンバ!気持ちで負けたらダメだよ!」
ギャラリー席にいる応援団が必死に応援していた。とても、じっとしていられない。だがメンバーの動きは悪い。あきらかに『どうやったら巻き返せるの?』と弱腰になっている。
 状況を察した監督は、すぐさまタイムを取り、メンバーにゲキを飛ばした。







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