無い物ねだり
 スコアラーは名のごとく得点をつける仕事を行うほか、選手交代の管理も行っている。スコアラーが申請を受け付け、ボールがデッド(コートの中でプレイされていない状態)になれば交代できる。あとは審判の指示にしたがうだけだ。
 恩田先生のそばでスコアラーの様子をうかがっていると、交代を了解したサインが出た。私は戦える喜びに全身の血がたぎるのがわかった。
 恩田先生は私を見ると、バンッと肩を一度叩いた。
「暴れておいで」
「はい、ありがとうございます!」
私は嬉しさを現すよう、深々と頭を下げた。彼女は不敵に笑っただけで、『足は大丈夫?』とは心配してくれない。『戸塚の敵、とっておいで』とも言わない。彼女なりの信頼の証だった。
 私は思いに応えるよう、レギュラーメンバーに『よろしく』と挨拶した。
「よろしく、漆原。今はかなり厳しい状態だけど、一緒にがんばろうね」
「うん、全力でがんばろう!」
三好の言葉にうなずくと、他のメンバーもうなずいた。
「いよいよ、我がチームの最終兵器が稼働するわ。彼女の力をいかしてキッチリ点を取り返し、悲願のT大附属撃破を成し遂げよう!」
村井が言った。すると誰からともなくハイタッチをした。
「残り一ピリオド、全力でがんばろう!」
「オッケー!」
叫んだら緊張がほどけ、勇気が沸いてきた。
 すると、私の隣に並んだ村井が、私の耳元に口を寄せ小声で話しだした。
「漆原、気分はどう?」
「少し緊張しているけど、すごくワクワクしている。早くT大附属と戦いたい」
「いいわね。勝つことも大切だけど、この緊張感も楽しまないともったいない。こんな事、そうはないから」
「うん」
村井と話すと、ヤル気が出た。『絶対勝つ!』と思う。するとふいに誰かが私の肩を叩いた。振り返って見れば、戸塚だった。









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