無い物ねだり
 戸塚の顔は悲壮感に満ちていて、見ているだけで胸が苦しくなった。戸塚は村井のように口を私の耳元へ近づけると、同じように小声で話し出した。
「アイツらの息の根、止めてきて」
「もちろんだよ。私、戸塚の分もガンバルから」
「うん」
(本当なら、そんな言葉口にするのも辛いだろうに。言わずにいられないんだろうな)
プライドの高い彼女のせっぱ詰まった思いは、私の闘志をかき立てた。心の底から『勝ちたい』と思う。
 試合に出場するメンバーがサイドラインに立つと、後ろから『涼ちゃん、がんばってー!』と風亜の叫ぶ声が聞こえた。振り返ると、ギャラリー席にいる応援団が大声援を送ってくれていた。中には新山もいて、メガホン片手に叫んでいた。
「ヘマすんなよ、漆原!こんな大勢の前でヘマしたら、死ぬほど恥をかくからな!」
「心配してくれてありがとう!」
「しっ、してねぇよ!」
つっかかってくるだろうと予想していた新山は、私の素直な言葉にたじろいだ。
(へっへっへっ、驚いただろう)
心の中でニンマリと笑った。
 背後から聞こえてくる声援を受けエネルギーチャージした私はみんなに向かってキチンと一礼すると、足取りも軽くコートへ入った。そのままセンターサークルとサイドラインの真ん中あたりへ行けば、サイドラインの外に立つ佐々木を見守った。スローインは彼女の役目だった。
 佐々木のすぐ前には、三好がいる。三好はT大附属の選手に狙われながらも、佐々木のスローインを…パスを待っていた。
 とたん、第四ピリオド開始を知らせるブザーが鳴った。佐々木はボールを頭の上へ抱え上げた。
 そしてすぐ、コートの中にいる三好へ向かって投げた。三好はそれをしっかり受け取ると、すぐさまドリブルしながらT大附属が守るゴールを目指した。
 周りで待機していたT大附属の選手は、一斉に三好へ向かって走った。一秒でも早くボール奪うために。反対に、私達チームは一メートルでもゴールへ近付くために、パスを受け取りやすい場所を目指して走った。 
 




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