無い物ねだり
 ボールがどうなっているのか、わからない。右手と左手が動いているのだけ見える。遠藤の前へ回り込もうとしても、遮るよう動かれ行けない。無理すればファールをとられそうだった。
(どうしよう。どうすれば抜ける?)
悩んでいると、左側を誰かが駆け抜けた。
「あっ!」
青山だった。隙をつき、マークをすり抜けたのだ。そして非情にも、ボールは私の目の前でバウンドし、青山の手に収まった。
 ボールを手にした青山は、チラリと私を見た。彼女の目は勝ち誇ったようにキラキラと輝いた。『ざまあみろ!』と言っている気さえした。
(クッソーッ!)
しかし私の心の叫びをよそに、青山は水を得た魚のように生き生きと動く。軽快なドリブルと絶妙なパスワークで我がチームのディフェンスをジャンジャンかわしていく。あまりの鮮やかさに、思わず見ほれそうになった。『さすがアメリカ帰り!』とほめちぎりそうになった。
(ダメダメ!しっかりしなきゃ。青山は敵なんだから!)
ギリギリ心を取り戻した。
(このまま好きなようにはさせない。ぜったいカットする!)
走る速度を上げ、青山の目の前に回り込んだ。床を踏みしめるよう右足でストップをかけたが、痛みはない。痛み止めがちゃんときいているようだ。
(よし、このまま全力で行こう!)
ドリブルをしながら青山はたくみに動き、抜こうとする。私はピッタリはりつき、抜くスキを与えない。すると青山は私の左後ろをチラリと見た。誰かパスできそうな人が来たに違いない。
(パスさせるもんか!)
私は『あえて』止まった。コンマ一秒ほど。青山は私が作ったスキをつかい、『今だ』とばかりに右側を抜こうとした。
 とたん、私は右後方へ大きく一歩さがり、再び青山の前に立った。突然現れた私に青山は驚き、ハッと息を飲んで動きを止めた。






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