無い物ねだり
 しかし痛みのため、さっきのように素早く動けない。青山にパスが通らないよう防ぐので精一杯だった。
 その横をチームのメンバーが追い越していく。みんなは追い越していく時、不安げな表情で見ていた。私は悟られないよう、必死に歯を食いしばってマークすることに集中した。しかし脂汗が額や脇の下、背中に吹き出し、ダラダラと流れ落ちた。呼吸も荒くなる。
(大丈夫かな、あたし…)
痛みもだんだんひどくなり、吐き気さえもよおしてきた。第四ピリオドは残り一分半だが、ちゃんとプレー出来るか自信がなかった。
 と思いきや、突然背後から青山が飛び出した。『あっ』と思った次の瞬間には、堂島へパスしていた。
 私は左手を青山の前へ伸ばせるだけ伸ばした。さっきの私ならこれで簡単にパスカットできた。だから、イチルの望みをかけてみようと思ったのだ。
「えっ?」
しかし痛みがぶり返してきた今は、一ミリも届かなかった。ボールはすんなり青山の手に収まった。
(そ、そんなっ!)
信じられなかった。信じたくなかった。屈辱と焦燥感が溢れれば、ガムシャラに動いた。もちろん冷静さを欠いた動きは少しもプラスにならない。かえってマイナスだった。
 それは、青山がスリーポイントシュートを撃とうとした時だった。
「ピピーッ!」
突然、甲高い音でホイッスルが鳴った。同時に青山が右横へ激しい勢いで倒れ、ボールが同じ方向へ吹っ飛んだ。ボールは二度、三度バウンドし、コートの外へ転がり出た。
―理由は、私が突き飛ばしたから。やっていけないとわかっていたのに、頭に血が上り、衝動的にやってしまった。―
「七番、ファール!」
主審が私の背番号を叫んだ。『反則したから』と。私は呆然として主審を見た。チームのメンバーも同じだ。だって私は常にクール。こんな事、小学生の時から一度もない。反則するのはいつも相手チーム。反則されるたび私はファールショットを決め、けっこう点数を稼いでいた。






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