無い物ねだり
(しっかりしろ、私。こんなんじゃ負けてしまう。たとえ二本決まったとしても、最後まで攻めれば勝てる!)
何だか勇気が沸いてきた。自分の可能性を信じてみようと思った。
 場内はすっかり静まりかえり、誰も騒ごうとしない。さきほどまでの賑やかさがウソのようだ。みんな青山がフリースローのシュートを撃つのを今かと待っている。
 すると青山は、みんなの希望に応えるかのように、ボールを斜め四十五度の高さへ放った。緊張している様子はない。朝、歯でも磨くかのように、普通にシュートしていた。
 ボールは美しい弧を描き、ゴールへ向かい落ちていく。完璧な曲線だ。芸術的とも言えるそれは、見ている者を魅了し、観客達は『おおーっ!』と小さな歓声を上げた。証拠に、私も小声で『あーっ』と言っていた。私の場合は、絶望感ばかりだったが。
 ボールは最後まで曲線を崩さず、かつバックボードにもリングにもあたらず、ズボッと音をたててネットを揺らした。床に落ちれば『バンッ、バンッ』と二度バウンドし、バックラインを超えてコートの外に出た。
 とたん、場内が『ウォーッ』と言う歓声と、大きな拍手に包まれた。青山はチームメイトから送られる『ナイスシュート!』や『マジ、スゴイ。ゾクゾクしちゃった!』と言う讃辞を受け取ると、ニヒルに笑って右手を挙げ『どうも』と言った。私を上目遣いで見れば、『私の方が上でしょ』と言わんばかりの視線を投げつけた。
(腹立つなー、あの女!たかだか一本フリースローを決めただけで、何調子こいてんのよっ!)
再びメラメラと闘志が燃え上がってきた。そして青山の天狗のように高く伸びた鼻をへし折ってやろうと決めた。
 しかし青山はキッチリ二本目、三本目を決めた。我がチームは五点差をつけられ負けに転じてしまった。これにはさすがにヘコんだ。
(私のせいだね…みんな、ゴメン!)
心の中で謝った。
 すると遠くから『ドンマイ!』と叫ぶ声が聞こえた。あたりを見回せば、ベンチにいる戸塚が口を両手で覆い私を見ていた。

 







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