無い物ねだり
(まだスリーポイントシュート、そんなに撃っていない。ううん、ぜんぜん撃っていない!こんなところで終わりたくない。交代したくない!T大附属を倒したい!)
「漆原さん、足を見せて」
恩田先生は側に来ると膝をついてかがみ、私の右足を持った。指先でそっと押し私がうめけば、主審を呼んだ。
「ケガの状態がヒドイので、他の選手と交代させます」
「了解しました。七番、速やかに交代して下さい」
予想通り、恩田先生は交代を告げた。先生の言葉が冷たく胸に突き刺さる。逃げを許さない鋭さに、反抗心も萎えかける。
(ううん、ここで負けたらダメ。みんなには悪いけど、粘って必ず最後まで出るわ!)
恩田先生はそんな私の脇の下に手を入れると、無理矢理ベンチへ向かって引っ張っていこうとした。もちろん私は足を突っ張って抵抗する。
「漆原、何しているの。早く戸塚と交代するのよ」
「いやです」
「みんな待っているの。なのに、このままゴネて試合を止めるつもり?」
「それは…」
「七番、そのままいると試合妨害行為とみなし、退場させます」
「退場!」
ギョッとして主審を見た。主審は少しイラだった様子で私をニラんでいた。
(どうしよう…もう粘るのは無理?もう潮時?)
「さ、行くわよ」
半ば引きずられるよう恩田先生に引っ張られ、コートの外へ向かって歩く。
(だって、退場になるのはイヤ。今年こそT大附属を倒したいんだもん!)
しかしだんだん闘志がなりを潜め、弱気な自分が顔を出す。
(ただ、みんなには迷惑がかかるよね。すごく迷惑がかかるよね。素直に先生の言うことを聞いた方がいいのかな…)
でも自分に負けたようで悔しくて、胸の中で腹ただしい思いが渦を巻いた。
「お疲れ漆原!」







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