無い物ねだり
「ゆっくり休んでいいよ」
「あとは私達に任せて!」
村井を含め、みんながいたわるような目で私を見送ってくれれば、今度は申し訳なくて涙が出そうになった。
(役にたてなくて、ゴメン…)
思いを言葉にすると本当に涙がこぼれそうなので、口にはしなかった。心の中でだけ言った。
「お願い、します」
それだけかろうじて言った。メンバーのみんなは『うんうん』と何度もうなずいてくれた。みんなの暖かさが目に染みた。
(もう、あきらめたほうがいいのかな…)
覚悟を決めると、先生にもたれかからず、足を引きずらないように注意しながら歩いた。そんな私の姿を見たら、よけい、みんなが心配すると思ったから。
 ただ、一歩はひどく重かった。痛かった。激しい痛みのために頭の中がクラクラし、ちゃんとまっすぐ歩いているかどうか不安になった。
 それにしても、先日ようやく新山に失恋した痛みから回復したのに、今度は両思いかもしれないとわかって有頂天になり、すぐに片平のひどい仕打ちを受け、また谷底へ突き落とされた。たった一ヶ月の間に天国と地獄を行ったり来たり。短い間に色々ありすぎて、だんだんどっちが本当なのかわからなくなってきた。
(私、どっかで疫病神でも憑けてきたのかな?そうじゃなきゃ、こんなに短い間に嬉しいことと悲しいことが立て続けに起きたりしない)
サイドラインの側に立つ戸塚の元へ向かいながら思う。そうでもしないとヤケを起こして暴れてしまいそうだった。
「根性ねぇな、漆原。お前は負け犬だ!」
「・・・!」
突然、上の方からよく知っている声が聞こえてきた。その声は私を何度もイライラさせ、奈落の底へ突き落とし、ドキドキさせた。
 地球上で一番嫌いで…愛しい声だ。
 ハッとしてギャラリー席を見れば、やはり新山だった。新山は席から立ち上がって仁王立ちになり、両手で口元を囲い叫んでいた。ものすごく目立っている。












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