無い物ねだり
 すぐそばにいる風亜や部員、父と母は、驚いた顔で眺めていた。いや、会場中の人が眺めていた。注目の的だ。
 しかし私は嬉しかった。それは欲していた言葉。負けず嫌いな私は『大変だ』なんて哀れんで欲しくない。ハッパをかけて欲しかった。新山はそれを与えてくれた。
「ケガした足がちょっと痛いからって、弱気になってんじゃねぇ!『痛くない』って思えば痛くねぇんだよ!甘えてんじゃねぇ!」
「うるさいわね、足は痛くないわよ!たまたま不調なだけ。変な事言わないで。誤解されるでしょ!」
まるでイジめられていた時のように、まるで学校の教室でやりあってでもいるかのように私と新山はやりあった。当然会場内中の人は驚き、『何が起こったんだ?』と顔を見合わせた。恩田先生さえ目を見開いていた。
 それを良いことに、さらに一言言ってやろうとすると、主審が全力で走ってきて新山を指さした。
「そこの君、試合の邪魔だ。度を超えた態度は慎みたまえ。さもなくば、退場してもらうぞ!」
「す、すいません!でも、あと一言だけ言わせて下さい!」
新山は主審に深く一礼すると、私をまっすぐに見た。私はドキッとした。
 新山の目はすごく真剣だった。おちゃらけている彼からは想像もできない目力だ。だから、よけいドキッとした。
 見つめられていると、胸の中に急激に甘い衝撃が広がった。それは湖に大きな石を投げ入れた時に出来る波紋のようで、突然ドボン!と水しぶきがあがったかと思うと、円を描いてどんどん広がった。すぐにでも広い湖の端まで広がってしまいそうな勢いだ。
 私はいつの間にか拳を強く握りしめていた。新山から受ける衝撃が強すぎて、失神してしまいそうだった。
 私は戸塚の元へ急いで行った。不思議と痛みはあまりかんじなかった。
「おい、漆原!」
「は、はい!」
新山の声の鋭さに、思わず先生の呼びかけに応えるよう返事をしてしまった。
「漆原はどんな時も俺のキツイ言葉に屈しなかった。クールに切り返してきた。そうだろ?」
「う、うん」
 







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