無い物ねだり
「バスケットの試合で一試合でも多く勝つために、勉強も恋愛も全部ブン投げてバスケにかけて来たんだろ?なのに、こんなところでヘコたれんなよ!」
「新山君…」
「あの時の根性を見せてみろ!ここで退いたら一生悔いが残るぞ!」
新山がしゃべりおわると、場内は水を打ったように静かになった。新山は主審に注意された悪者なのに、みんな彼の言葉に聞き入っていた。
 新山の言葉には、私への思いやりが詰まっていた。会場にいる人々はそれを感じ取ったのだろう。だから誰も文句を言ったりしないのだ。主審さえ、黙って聞いていた。恩田先生は満足そうな顔でうなずいていた。
 私はすごく嬉しくて胸がジーンとなった。できるならいますぐ新山の側へ行き、『ありがとう』と言いたかった。しかし試合中で行けないから、大きく頷くことで言葉を受け入れた合図とした。
 新山は、声が聞こえなかったが『おう』と口を動かし頷いた。そんな彼のためにも勝ちたいと思った。
 戸塚は私を意味深な笑顔で出迎えた。側に立った恩田先生は私から手を放し、いつものように胸の前で腕を組むと、『しょうがないわね』と言う顔をした。交代させる気は無さそうだった。
「何しに来たのよ、漆原。よもや『交代して』とか言わないでしょうね」
「もちろん。でも先生が交代させるって言ったから、一応戸塚の気持ちを聞いておこうと思って」
すると戸塚は、疑いのまなざしで私の足を見た。
「本当に足、痛いの?漆原ってクールだから、いつもと変わらないように見えるんだけど。どうですか、先生?」
恩田先生は戸塚の質問に対し、首を縦に振った。
「気のせいね、たぶん。汗も多くかいているように見えるけど、動いたから出たんであって、決して異常じゃないわ。それとも漆原さんは、ダルくてやりたくないとか言いたいのかしら?」







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