無い物ねだり
「覚えてませーん!」
「ちなみに部活はサッカー部へ入った。マネージャーの赤坂さんがチョー可愛くて、思わず決めちゃったぜ!」
全員、ドッと笑った。『よっ、赤坂。やるねー』と男子生徒が冷やかす声が聞こえれば、続いて『まあね!』と応える女子の声が、二年生のいる場所から聞こえた。
 気が付けば、会場は熱を帯びていた。新山が盛り上げたおかげだ。
「そんな俺ですが、得意技は炭酸の一気飲み。五百ミリリットルなら十秒で飲みきります!」
と言ったとたん、新山はズボンの右ポケットからコーラの五百ミリリットル入りペットボトルを取り出した。パキッと音を立ててフタを開ければ、再び持ったまま三百六十度周り、全員に見せつけた。みんな『えっ?』と言う顔になった。本当にもっているとは思わなかったからだ。
「今日、校門の前に制服チェックのために、生活指導の小笠原先生がいました。先生を見た時『マジ、ヤベェ』って思いました。この会のために俺は、なけなしの小遣いをはたいてコーラを買ってきたのに、小笠原先生に見つかったら没収されるからです」
体育教師でスポーツ刈りのオジサン先生、小笠原は、『してやられた!』とばかりに『ウハハ』と笑った。校則ではジュースを持ってきてはいけない事になっているが、ここまで来るとどうしようもない。見逃すしかなかった。
「さあ、緑成館のみなさん。よーくご覧下さい。この会を開いて下さったお礼に、男・新山一成、一芸を披露させて頂きます。とくとご覧あれ!」
とたん『おぉーっ!』と言う感嘆の声があがり、生徒全員が拍手した。予想外の展開だが、笑いのツボをついたらしい。みんな子供のようにキラキラした目で見ていた。
 新山はフタを開けた五百ミリリットルのペットボトルを目の前に突き出すと、大きく深呼吸した。すると見ていた全員、いっせいにゴクリと唾を飲み込んだ。本当に十秒で炭酸飲料を飲みきれるのか信じられないのだ。
「それじゃ、いただきます!」
すると『にーい、やま、にーい、やま!』と名前のコールが始まった。会場中の生徒が手を打ち合わせている。すっかりノリノリだ。すると先生達まで同じようにしだした。
 何とも言えない一体感が会場を包んだ。



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