無い物ねだり
時計を見れば、残り三十秒。私は痛みに耐え走り出した。
 井川を見れば、T大附属の大島をかわし、山之内にパスしていた。大島は今度、山之内から奪おうとするが、山之内は間一髪でかわし、私を見た。
(もしかして、パスをくれる?)
思った次の瞬間、山之内は私へ向かってボールを放った。距離は三メートル。少し遠い。かもすると、誰かにパスカットされそうだ。だが青山の押しにも負けず、『必ず取る!』と自分に言い聞かせ待った。
 とたん、『バスッ!』と音をたててボールは手のなかに収まった。見事弱気の自分に勝利し、パスを取ったのだ。もちろん、すぐ青山が取りに来た。それをスルリとかわし、スリーポイントラインに沿ったまま、エンドラインへ向かって走る。
 すると目の前に、T大附属の堂島と、村井が現れた。堂島は私のシュートを止めに、村井は堂島を防ぎ私にシュートを決めさせようとしてくれていた
「シュートは撃たせない!」
堂島は手を真上に伸ばした。ただでさえ百八十二センチと大柄なのに、長い手を伸ばせば二メートルにもなる。ジャンプしなくともゴールポストに届きそうな体は、迫力十分だった。
「いいえ、漆原は決めてくれるわ。私が守るから!」
村井が対抗するよう叫んだ。彼女の声はとても力強く、私を勇気づけた。
(そうだ、負けないぞ。必ず決める!)
意を決すると、突然足を止め額の前でボールを構えた。そんな私へ向かって左から青山が、右から堂島がボールを奪おうと手を伸ばす。しかし左から来た青山が届く前に、堂島が村井を押し退ける前に、私はボールをゴールへ向けて放った。
誰かが驚いたように『あっ』と言った。そのタイミングでシュートするとは思わなかったようだ。
 ふいをつく作戦が功を奏したようで、何人もの選手が止めようとしたが届かなかった。ボールは彼女達の頭上を軽々と超え、バックボードのど真ん中にあたれば、リングの中を二度バウンドしネットを揺らした。そのまま下に落ちれば、いた選手達の間を縫うよう転がりエンドラインの外に出た。







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