無い物ねだり
我がチームはポジションに関係なく、全員で転がったボールを追いかけた。何が何でも追加点を入れたかった。
 一番に拾ったのは、ガードの三好だった。
 三好先輩は脇目もふらずゴールへ突き進んでいく。私は彼女を追い越し、いち早くスリーポイントラインに達した。青山もせっぱ詰まった様子で走ってくるが気にしない。
(今度は私が青山を悔しがらせる番だ!)
時計を見れば、残り時間は十秒。場内全員、固唾を飲んで様子を見守っている。私はあきらめず、ボールを持った三好を見つめた。必ず彼女は私にパスをくれるはず。今までの練習で、ずっとそうだったから。
 とたん、三好は私にパスした。私は受け取ると即座に額の前で構えた。しかし、心臓は激しく鼓動を打つ。もう体は限界だ。本当にシュートを決める事ができるかどうか心配だった。
 青山は百メートル走でもしているかのように、両手両足を激しく前後に動かし、私に向かって走ってきた。センターの堂島も、ガードの篠田も。まさに総攻撃だ。
 ふいに、新山の顔が思い浮かんだ。彼は『今だ、撃てーっ!』と叫んでいる。
 とたん、周囲が水を打ったように静かになった。私に近付こうとするT大附属の選手を止めようと大声を張り上げて動いているメンバーの声さえ聞こえない。口がパクパクと動いている事しかわからない。まるでスピーカーが壊れたテレビを見ているようだ。
 …いや、違う。私の集中力が急激に増し、シュートに不必要な物は全て遮断されたのだ。
 青山がもう少しで届きそうになった次の瞬間、私はまるで練習でもしているかのようにリラックスしてボールを宙へ放った。力んでいる場所は一つもない。青山は右手を精一杯伸ばしコースを替えようとするが、ボールは彼女の遙か上を飛び指先さえかすらない。大島も篠田も、大柄な堂島も届かない。
 ボールは誰のジャマも受けず、今までで一番美しい弧を描き、オレンジ色のリングのどこにもあたらず、ど真ん中を通過した。パサッと音を立ててネットを揺らせば真下に落ち、二度バウンドしてコートの外へ転がり出た。
 まもなくして『ブーッ!』と試合終了を告げるブザーが鳴った。我が校の電光掲示板を見れば、三点を追加し、見事、一点差でT大附属に勝利していた。






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