無い物ねだり
井川が私のスポーツドリンクが入った水筒を持ち大声で叫んだ。すると突然あるアイデアがひらめき、いても立ってもいられなくなった。痛む足を半ば引きずるようベンチへ戻れば、井川から水筒を受け取り、自分の半袖パーカーやタオルと共にバックの中へつっこんだ。そのバックを急いで肩にかけると、コートのど真ん中へ向かって再び走った。コートはモップがけの真っ最中だった。おまけに周りを良く見ないで走ったので、何度もモップがけをしている人達とぶつかりそうになった。そのたび謝り、なんとかアリーナを抜け出した。
「ちょっと、漆原っ!その足でどこ行く気?治らなくなるよ!」
「そうだよ!」
井川と村井が叫んだ。だが私は止まらない。振り向かない。ひたすら前を見て走った。「井川、村井。今は誰も漆原を止められないよ。たとえ神様でもね」
「え?」
「それ、どういう事よ戸塚」
「漆原は、さっき試合の大事な場面で熱く叫んでいた男子を捜しに行ったのよ」
戸塚は胸の前で神様に祈るよう手を組むと、小首をかしげ村井と井川を上目遣いに見た。
「『応援してくれてアリガトウ。私もあなたが大好きよ』って言うために」
「マジでぇーっ!」
ベンチに腰掛け荷物をまとめていたメンバーは一斉に手を止め叫んだ。戸塚は組んでいた手を放し左手の親指を立てると、カッコつけてウインクした。
「イェース!」
「じ、じゃあ、二人は付き合っているの?」
三好が目を全開に見開き、食い入るように戸塚を見た。
「まだ付き合ってはいないと思うけど、二人の行動からして両思いなのは火を見るよりも明らか。付き合うのも時間の問題でしょ」
「本当に?」
「本当に。私のシックスセンスが高感度なのは知っているでしょ。間違いない!」
「きゃーっ、くやしーっ!」
再び村井と井川は叫んだ。恩田先生の眉間に刻まれたシワが濃くなっているのにも全く気づかずに。
「私だって彼氏欲しいのに!」
「私だってそうだよ。努力してんのにフラれっぱなし!」







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