無い物ねだり
(こういう光景、どっかで見たことある。…そうだ、陸上競技の世界大会だ!ハイジャンプを飛ぼうとしていた選手がスタートする前、両手を頭の上に上げ、頭の上で打ち合わせていたんだ。そうしたら、見に来ていた何万人もの観客が同じリズムで手を打ち、その選手の気分を高揚させたんだ。これはイケるかも!)
私はこっそり手を打ちながら、新山の事を食い入るように見た。
(なんか、カッコイイかも…)
新山は小さく頷きながら全員の顔を見回すと、迷うことなくペットボトルに口を付け顔を上げた。するとボトルの中のジュースは、勢いよく口の中へ入っていった。
 ふいに、室内はシーンとなった。全員一言も発せず、新山の動きを見守っている。先生達までジーッと見ていた。
 新山は一口ごとゴクゴク音を立てながら飲み干していく。すごい速さだ。あまりの速さに、目がおかしくなったのかと思うほどだ。
 炭酸が発砲しているので泡が喉に心地よさそうだが、一息に飲もうとするとジャマになる気がしムセてしまいそうだった。私は今まで大量の炭酸飲料をゴクゴク飲んだ事がない。だいたい二、三回飲むと苦しくなり、口を離してハアーッと一息ついた。
「すっごーい!」
みんな同じ事を思っているようで、周りにいた女子がほめ称えた。ウットリと見つめる者までいる。
「マジ、すげぇ…」
男子は『負けました』と言わんばかりに呟いた。『俺には、できねぇ…』と弱音を吐く者までいる。
 飲む量が増えるたび、会場の熱気は増していく。新山は相変わらず、快調に飲み進めていく。失敗する気配はない。また、誰も失敗すると思っていない。あまりにも快調なので、このチャレンジは間違いなく成功すると思われた。
「…んふっ!」
だが突然、新山の動きが止まった。残すところ、あと五十ミリリットルくらいなのに。
「あれ?どうしたのかな?」
全員、近くにいる友達と顔を見合わせた。しかし、新山は動こうとしない。目を全開にし、何かに耐えている。すると担任の教師が心配そうに近付いた。
「おい、大丈夫か新山」



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