無い物ねだり
(トイレに行っていたんだ!どうりで見つからないわけだ)
私はホッとして肩の力を抜いた。そして、改めて新山の顔を見た。
 目の横や口の端に出来たアザはさらに黒くなり、腫れていた。全体的に少しむくんでいるようにも見える。
(ケンカ、したのかな?)
いつも陽気で私以外に怒っているところを見たことがないので、ケンカするなど信じられなかった。たとえイザコザが起きても口で上手い事言って、相手を丸め込んでしまう気がした。
 色々考えていると、新山はため息をついた。
「黙ってないで、何か言えよ」
「に、新山君こそ、応援の合間にジュースを飲み過ぎておなかをこわしたんでしょ?」
「壊してねーよ。普通にションベンしたくなって来ただけだよ!…ったく。せっかく応援してやったのに。ヒデー女」
「おいおい、早くもケンカか?相変わらず素直じゃないねぇ」
進藤は私と新山の顔を交互に見ると、呆れたように言った。でも、私もそう思った。
(本当、素直じゃないかも)
すると突然、進藤は『あっ!』と小さく叫ぶと、左手を顔の前で立て小さく頭を下げた。
「悪ぃ、新山。親に手伝いを頼まれていたの思い出した」
「はっ?今日は暇だって言ったじゃん!」
「だいぶ前に言われてたから忘れていたんだよ」
「マジで帰んのかよ」
「ああ。どうしても欲しいスニーカーがあってさ。ここいらで点数稼いでおかないと普段は部活に時間とられてできないから、買ってもらえなさそうなんだよね。そういうワケだから、先に帰るわ。じゃあな!」
進藤は手を挙げると、さっさと帰ろうとした。しかし何かを思い出したように『あっ!』と再び叫ぶと、歩みを止めた。
「漆原さん、優勝オメデトウ!よかったね」
「ありがとう、進藤君」
「おい、進藤。マジでちょっと待てよ」
「そうだ。この画用紙とかジャマだろ。僕、捨てとくから。じゃ、お先!」





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