無い物ねだり
「まだ良いって言ってねぇだろ。かってに帰んなよっ!」
しかし新山の叫びもなんのその、進藤はさっそうと去っていった。
 残された新山と私は、顔を見合わせると照れくさそうに顔を背けた。売店には店員がおらず、通路には私達二人だけ。
(き、気まずい…)
慣れない雰囲気に緊張せずにいられない。思わずブリッコのように、来たランニングシャツのユニフォームの裾をツンツンと引っ張った。
(ど、どうしよう。このまま黙ったままじゃいられないよね。いや、いたくない。と言うか、もったいない!せっかく二人きりになれたんだもの。何か話さないと!)
進藤が気を使っていなくなってくれた事は百も承知だ。チャンスをいかさなきゃ、彼に申し訳ない。チラリと新山を見れば、彼も気になるのかチラチラと様子をうかがっていた。
(新山君もたぶん同じ事を思っている。…それに、早く病院にも行かなきゃならないし。ウダウダしている暇はない。よーし、応援してくれたお礼でも言うか!)
しかし私の心臓はドクドクドク!と早い鼓動を繰り返し、キチンと話せるかどうか心配だった。
(試合の時より緊張するーっ!)
たまらず目をつぶった。
(ダメ、逃げちゃ。ちゃんといわなきゃ!)
何とか目を開け、新山を見る。新山はドキッとしたのだろう、体をビクッと震わせた。
「あ、あの…」
「な、なななな何だよっ!」
「そんなに怒る事ないでしょ!」
「怒ってねぇよ!」
新山はそっぽを向いた。ほのかに頬が赤く染まった。
「さ、さっきは…応援してくれて、ありがとう」
「き、急に良い子ぶってんじゃねぇよ」
そして、急いで振り向いた。あまりにも急いだので、髪が乱れていた。
「お礼を言っているのに、何で怒るのよ。『どういたしまして』でしょ!」
「漆原のやり方が悪いんだよ。人の事さんざんけなしておいて、突然『ありがとう』って言われても、素直に喜べるわけないだろ!」








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