無い物ねだり
 新山は下から上へゆっくりと視線を動かすと、再び私を見た。少し顔をかしげ唇を薄く開き私をじっと見つめる姿はとてもセクシーで、私はもっとドキドキした。ドキドキしっぱなしで、心臓がおかしくなりそうだった。
「漆原」
「うん」
「漆原、俺」
「うん」
「俺さ…」
新山はもう一度深呼吸する。私も深呼する。二人の動きはシンクロし、この世界には私達二人しかいないような気がした。
 そして、長い間待ち望んでいた瞬間がやってきた。
「俺、漆原が好きだ」
「・・・!」
「好き、なんだ」
でも私は信じられなくて、新山を無言で食い入るように見つめた。
「今までイジワルして、ごめん。もうしない。心から約束する」
「うん」
「俺さ…いつもツルんでいる友達が漆原をバカにしてさ。『そんな女と付き合う男はふつうじゃない』って言うのを聞いて、好きになったら仲間ハズレにされると思ってさ。カムフラージュに漆原をイジメたんだ。本当に、バカだよな…」
「そう、だったんだ」
「最悪な事に、片平から告白されて、ようやく漆原が好きだってわかったんだ。どんなに片平が一生懸命接してくれても、心の中から漆原を追い出せなかったから」
脳裏に一ヶ月前の事が蘇る。あの時、片平と新山が付き合っていると噂が流れた。だが片平と一緒にいた新山はいつも苦しそうで、私を見ると切なそうだった。
「でも、ひたむきな片平の思いを踏みにじる事はできなくて、いや、自分が傷つきたくなくて、ついズルズルと友人関係を引きずってしまった。そして片平に『いつかは付き合えるかもしれない』と言う希望を持たせてしまった。結果、片平だけじゃなく、漆原まで傷つけてしまった」
私は何も言えなかった。新山がとても苦しそうにしゃべっていたから。







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