無い物ねだり
 もちろん、言葉にはしなかった。
(調子にのったら困るもんね)
新山はかがむと、私の足に触った。
「そういや、病院へいかなきゃならないんだろ?」
「うん」
「早く行こう。けっこう腫れている」
新山は手を放すと、私の左手を自分の肩に、腕を腰に回して支えてくれた。
「そうだ、お母さん探さなきゃ」
「ああ、お母さん来ているんだっけ。じゃあ、母さんに連れて行ってもらった方がいいな。…って、車で来ているのか?」
「…もしかして、連れて行ってくれるつもりだったの?」
「彼氏だから、彼女の面倒を見るのは当然だろ」
「でも部活は?いくら卒業生だからって、まだ練習は終わらないでしょ?こんな事していていいの?」
ふいに新山は、気まずそうに押し黙った。おそらく部活をサボって応援しに来てくれたのだろう。
「応援に来てくれるのは嬉しいけど、部活サボっちゃダメだよ。私、誰かの重荷になるのはイヤ。重荷になるくらいなら、付き合えない」
「わ、わかったよ。もうしない」
「進藤君にも伝えておいてね」
「うん」
私と新山は少しの間、黙って見つめていた。それは、ずっと望んでいた事。ドラマや映画に出てくる恋人のように、熱く見つめ合いたいと思っていた。
 すると、トキメキと一緒に胸の中に幸福感が広がりだした。あまりの幸福感に何時間でも見ていたいと思った。
 とたん、急に足が痛くなりだした。緊張がほどけたせいかもしれない。
「イテテ」
「おい、大丈夫か?」
「うん」
「やせガマンしていないか?」
「うん」





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